本 多 碩 峯

 私は母親の七回忌を迎えるにあたり、素晴らしい詩集にめぐり合うことが出来た。
小説家で詩人の矢野栄蔵の詩集『母』をご紹介させていただきます。
 出家中の私が師匠の四国第六番安楽寺で修行中であった。留守中の妻から、母危篤の連絡を受け、亡くなる一週間前に帰宅、せめても最後を母の側で生活をさせて頂こうと病院のベットの側で、数珠を繰りながら、一週間母子の生活を送った。
 息をひきとった母と病院を後に、お世話になった婦長さんたちに涙の見送りをうけ、妻たちが待つ我が家に帰った。

 人間は誰でも死ぬのです。でも身近な「死」はそんな言葉で理解出来ません。
 身近な「死」情け、悲しさ、を体験して初めて「ありがたさ」を実感するような気がします。

合掌
自分を生み育てた父母の恩は、高い天よりも高く大地の厚さよりも厚い。
如何なる方法を以っても報い得るものではない。

                                              空海の言葉 「教王経開題」より                   
合掌すれば妙楽世界今ひらく
父お拝まん
母お拝まん

積善の余慶子孫に及び
祖先の遺徳は家門を潤す
己辰今日何事か告ぐ
勤倹身を修めて大恩に報わん
勤倹身を修めて大恩に報わん

合掌すれば妙楽世界今ひらく
夫を拝まん妻を拝まん

銀も金も玉も何せむに
まされる 宝子にしかめやも
母在(いま)す時は円かなり、

在さざる時は空(うつろ)なり、母在す時は日中なり、

在さざる時は日没なり


(心地観音経に曰く)
矢野栄蔵のプロフィール
  • 1939年4月18日 西宮市に生まれる
  • 関西大学文学部在学中当時より詩壇に登場
  • 主な作品:詩集『おやじと息子』『『母』 長編小説『恋路海』 短編小説岸『ある青春』 
  • ドキュメント『駆けゆくもの』他20数冊
  • 所属団体:『西宮中央ライオンズクラブOB会』他
  • 1980年9月兵庫県知事より『のじぎく賞』受賞

詩 集『母』
 目 次

字:碩峯書



あなたは
死んだ
あなたは
とうとう助からなかった
あなたは
どうしても
救ってはもらえなかった
最期のあがき
十七回の強烈な全身痙攣ののち
昭和四十五年二月十七日午後二時五分
喝雲老大師の駆けつけを待たずに逝った
あなたは知っていただろうか
あと十六日を生きていれば
五十四歳になっていたのを

字:碩峯書


ふたたび
帰って来ることのない旅に
母は出かけた
旅立ちぎわの
苦痛の連続に
ふりかえることをゆるされないまま
なにかに
強く引かれてでもいるように
懸命に止めるぼくの声も
聞こえてはいなかったのだろう
辷るように行ってしまった

字:碩峯書


母が
はじめて死体となったとき
まだやわらかな母の唇に
ぼくの頬をそっとあててみた
なんどもなんどもあててみた
そのたびに
ふるえたのは
ぼくの唇

ふるえてほしかった
母の唇

字:碩峯書


母よ
生きていてほしい

毎日
なにを見
なにをしても希うのは
あなたに生きていてほしいことだとだけ

善良に生きたあんたに
こんなに早く死がやって来るなんて
残念でたまらない

つらかったであろう
最後まで
死にきれなくて苦しんだ母よ

字:碩峯書


去って行く者の
悲しみ
去らねばならない哀れみ
それを
じっと見守る苦しみ
おくる傷み
この人生の
きつい仕打ち
しゃくにさわる企て


字:碩峯書


丈夫なときから
母は言っていた
<死ぬことはちっとも恐くない>と

二度目の手術のまぎわ
<もう生きていとうない>と言った

生命力の強かった母が
一度でも
もう死んでいいと
思った筈はぜったいにないのだ


字:碩峯書


叫んでみたい

ほんとうに心から
母ほど
信じあえるものは
誰も
此の世にいないのだと


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