天地我、来るもの皆よし
小 島 勝 吉

著者近況


目 次

第一章明るく生きる

1.生活の心得 2.ありがとう 3.思いやり 4.不足の思い 5.幸せと思う
.6.あたりまえ 7.何とかなる 8.決 断 9.時はすべてを解決する 10.運命いろいろ
11.交通事故 12.幸せはどこに 13一つの ことば 14.まごころの花 15.気持ちよい生活
16.お金の世界


第二章来るもの皆よし
来るもの皆よし 2天命のままに 3.任すということ 4.よしあしなし 5.わり切りましょう 6.私の生死観
7.因果の道理
第三章 真実を求めて
1.いじめ 2私の運命 3求道 4不可解の人生 5宗教入門の動機 6父のこと
序   詞

生きても死んでも
勝っても負けても
優劣なし損得なし
どっちへどうころんでも
いのちの世界
来るもの皆よし
             
死んだらどうなるか
死んでみればわかる
本当の自覚を得たら
死なない自分がはっきりわかる
神があるのかないのか
神と言おうが仏と言おうが
はっきりと歴々とある
天地いっぱいにある
どこでどう拝んでも
神と通じている
拝まなくても通じている
信仰がなくても
神は放さない
我々を確かに見守ってくれる

みんないのち
みんな佛
佛ならざるなし
成功の佛
失敗の佛
みんな佛
優劣なし

雲悠々と空に舞い
風飄々と森に吹く
天地の中に 我生きて
天地の中に 消えてゆく
消ゆれど消えぬ我が姿

花は無心に開き
蝶は無心に飛ぶ
雲は無心に浮かぶ
水は無心に流る
人は無心に生まれ
人は有心に逝く
有心是れ無心

第一章   明るく生きる

生活の心得

なにがなんでも ほほ笑みを
なにがなんでも ありがとう
なにがなんでも 思いやり
これが私の生活信条です
なにがなんでも ほほ笑みを

 ある本に、「ほほ笑みとは、心にお化粧してでてきた表情だ」とありましたが、深いことばです。
私は、平成7年9月、87才のとき、9日間の日程で、パリとイスラエルへ行ってきました。日航のスチュワーデス、イスラエルのスチュワーデスの皆さんから、ニコニコとほほ笑みをいっぱいいただきました。花園にいるような安らぎでした。ほほ笑みは、人の心をなごやかにし、自分の心を明るくします。佛教では、これを「願施」といいます。

なにがなんでも ありがとうを

 私は、「ありがとう ありがとう」を毎日数十回から数百回は言っています。毎日、「ありがとうございます」を一万べん唱えると、いかなる難病も必ず治るという教えもあります。
 私の「ありがとう」は、人に対してです。「ありがとう すみません」とも申します。この「すみません」は、お詫びのすみませんはなく、「ありがとう お世話になってすみませんでした」の気持ちです。
 「ありがとう」は、相手にやわらぎを与え、自分をやわらかくします。

なにがなんでも 思いやりを

 私達は、自分のこと家族のことは真剣に考えます。しかし、その考えは、自分の都合のよいように、自分の損にならぬように、といういわゆる我利我利です。これは、最もいけないことです。自分を捨てて、相手の立場、全体の立場を考えなくてはいけません。といっても無理です。煩悩に満ちた凡夫ですから。
 しかし、「天地と我と一体」「自と他と一体」つまり、自分と他人はとは別々でありながら、別々でない一体だ、との真実が解ると、生き方が変わります。相手全体を思いやる気持ちがおこります。らくな世界が開けます。
 「なにがなんでも ほほ笑みを」「なにがなんでも ありがとうを」「なにがなんでも 思いやりを」この三つは、自他を幸せにする大切なカギです。

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ありがとう

「ありがとう」は、自分を幸せにするもっとも大切なことばです。
「ありがおう」は、感謝のことばです。
「ありがとう」は、いたわりのことばです。

毎日 何十回 何百回 ありがとう ありがとう
うれしいときも ありがとう ありがとう
つらいときも ありがとう ありがとう
いつでも どこでも ありがとう ありがとう
死ぬときも ありがとう ありがとう
心の平安ここにあり

思いやり

 私は、自分の人生を振り返った時、最も悔やまれるのは、「思いやりの足りなかったこと」「思いやりの浅かったこと」です。老いて特に思いやりの大切なことを感じるようになりました。
 思いやりの深い人は幸せです。周囲の人達から愛され、自分自身も穏やかな心でいられるからです。
 自分中心の生き方をする人は、常に不平があり、不満があり、腹立ちがあり、争いがあり、怨みがあって、心の安らぎがありません。
 私は、よく老後の生き方についてきかれますが、いつも、「思いやりを深めていきなさい」と申します。
 老人はいつも淋しいですが、思いやりのない老人は、ますます淋しくなります。
 自分の立場、自分の都合からのみ考える生き方を止めて、相手の立場、相手の気持ちを考え、思いやる心になれば、明るい人生が生まれます。
 思いやりについて、孔子の教えがあります。

子貢(しこう)問いて曰く、
一言にして、もって終身之を行うべきものありや
と、子曰く、
それ恕(じょ)か、己の欲っせざる所は
人に施すこと勿れと。

 孔子は、「恕」ということが、終身行うべき最も大切なことだと言われました。
自分が人から叱られて嫌だったこと、つらかったことは、人にしないようにせよ、との教えです。
 キリストは、次のように言っています。

汝ら人にせられんと思わば、その如く人になせ

 自分が、人から親切にしてもりたっかたら、人に親切にせよ、人から優しいことばをかけてもらいたいたかったら、
優しいことばをかけるようにせよ、ということです。
 相手の立場、相手の気持ちを理解し汲みとることに努めますと、憎み合ったり、争い合ったりという人間関係のトラブルが少なくなると思います。
 孔子は「仁」を説き「恕」を説きました。キリストは「愛」を説きました。お釈迦様は「慈悲」を説きました。いずれも「思いやり」ということです。
 私は、思いやりの心を深め広めていく人が、ほんとうの幸せな人だと思います。境遇はいかようであっても。

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不足の思い

 あるとき、高齢の女性が来られました。話の内容は、
 「私が、28歳のとき、夫と死別しました。残された5人の子供を育てるのに必死でした
 幸いそれどれ無事に育ち、長女は31歳になります。みんな私を大切にしてくれるのですが、私の子育ての苦労にくらべると、子供達の、私に対する心尽くしが足りないように思います。子供達に対する不足不満の心を、どうすればよいのでしょうか」
とのことでした。
 「五人の幼子を、女手一人で育てるということは大変なことです。たいへんな苦労をされたのですね。しかし、あなたが、無事子供を育てることができたということは、健康であったからです。健康に恵まれたということ、これは、あなたを今生かし、導いてくださっている見えざる大きな力のお陰ですよ。あなたが、五人の子を無事育てることのできたのも、あなたのうちに働く、大いなるものの力です。あなたは、自分の力で育てたと思っておられるが、そうではないのですよ」
とはなさせてもらいました。
 帰ってから、お礼の電話がありました。私の方へ来られるのに、一キロ程の道を胸が苦しいので、何回も休み休み来たとのことですが、帰りは、らくらくと帰ることができ、心臓病も治った気がしますとのことでした。
 この人生は、不足の思いを持てば、いくらでも不足の種があります。また、ありがたいなあという思いが起これば、何を見ても、何を聞いてもありがたいということになります。

不足の思いで生きるのも人生
感謝の気持ちでいきるのも人生
笑う門には福来る
明るく生きましょう

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幸せと思う

 京都へ行く用事があって、朝早く難波の地下街を通り、地下鉄に向かって歩いていました。通行人はありませんでした。一人の女性が向こうから来ました。脚が不自由なようでした。すれ違うとき、「お幸せに」と心で申しました。その女性は30代でしょうか。明るい表情でしたのでホッとしました。
 すれ違って4,5分歩いたとき、フト浮かびました。今、女性に心の中で「お幸せに」といった「お幸せ」とは何であろうか。脚がよくなれば、それは幸せに違いないが、その見込みはないとすれば何であろうか。彼女の本当の幸せとは何であろうか。
 人間の幸せとは何か。「お金があったら」と先ず思うかもしれません。しかし、複雑な現実社会は、金がある故の争いもあり、悩みもあり、単純ではありません。
 本当の幸せは、自分が幸せだなあと思える人は幸せであり、自分は不幸せだと思う人は、不幸せの人ということになります。
 幸せとはいえないが、不幸せでもないといえる人は、先ず幸せな人だと私は思います。この人生は、満点はありませんから。
 心の平安を得ている人は、幸せです。
 ”天地と一体の我だ”と自覚出来た人、”神と共に歩む”人は、平安で、幸せです。

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あたりまえ

 ある本に載っていた話です。
 尼僧の所へひとりの婦人が訪ねてきて、いろいろ語り合いました。2時間余りして、尼僧は、
 「すみませんが、ちょっと不浄へ失礼します」
といって座を立ちました。トイレから帰ってきた尼僧は、
 「寒くなるとどうも困ります」
といいながら元の座につきました。そのとき、婦人は、
 「庵主さんはトイレに行けていいですね」
といいました。
 「この寒いときにトイレで座ることは、つらいことなのに、どうして『いいですね』とおっしゃるのですか」
と尋ねると、
 「トイレに行けるということは、私にとってはとても羨ましいことなんです。私は大きな手術をしたので、トイレへ行く用がなくなりました。もう一度トイレに座われたらと思います」
 この婦人は、たぶん人工袋を使っておられるのでしょう。
 私達は、起きて、食べて、働く。これはあたりまえのことだと思っています。しかし、このあたりまえが有難いことなのです。
 私は、栗粒性結核(ぞくりゅうせいけっかく)で悩み、白内障、盲腸炎腹膜、前立腺肥大症、左目摘出、と4回手術しました。
 毎朝、目が覚めると、ありがたいなあ、ありがたいなあ、が湧いてきます。

    

目が見える ありがたいなあ
    耳がきこえる ありがたいなあ (補聴器を使っていますが)
    食べられる しゃべれる ありがたいなあ
    トイレも順調だ ありがたいなあ (肥大症のときは、トイレに頻々(ひんぴんと)と通い、    痛みがひどく、トイレ地獄を味わいました)

 この世界には、さまざまな病気で悩み苦しんでいる人がいっぱいいます。病気以外のいろんな事情で苦しみ嘆いている人もいっぱいです。
 私達は、苦しみの面、不足の面を見れば一生ぼやいても、まだぼやき足りません。恵まれた面を観ることに努めますと、恵まれた世界がつぎつぎと味わわれるようになり、明るい人生が展開します。

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何とかなる

 私の敬愛するある実業家に、色紙を頼みましたら、「なんとかなる」と書いてくれました。私は、その色紙をじっと見つめて、「何とかなる。何とかなる」と心で繰り返しました。
 この人は、深い山里で生まれ、青年時代に東京に出ました。幾多の苦労を重ねて、今日の成功者と成られたのです。その間、何回か行き詰まり、苦境に立たされました。その時、「何とかなる。何とかなる」と、自分を励まして、難局を切り抜けて来たのです。
 この人の「何とかなる」は、汗と涙のこもった「何とかなる」です。
 私達の人生には、つらいこと、苦しいこと、困ったこと、いろいろなことが起こります。どうすればよいか、どうなるのか、大いに悩み苦しみます。しかし、必ず「何とかなる」ものです。

来るもの
展開するもの
何が来ても皆よし

と、肝(はら)をきめると光明が来ます。

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決   断

 私達は日常生活において、常に決断させられています。
私は大阪へよく行きますが、昼食を、うどんにしょうか、ソバにしようか、洋食にしようか、と迷うことがあります。小さなことですが、やはり決断が入ります。
 入学、就職、結婚、自分の将来のこと、一身一家の運命に関すること、右すべきか、左すべきか、悩みに悩みます。
 こうしたとき、禅では、「一刀両断偏頗に任す」と教えます。
 グズグズせず、バッサリやれということです。結果は、いかようになってもよろしい、受けて行く、と肝を決めて決断すると新世界が開かれます。これは、私の体験からもハッキリいえます。
 私は、いつも思うのですが、織田信長が、桶狭間で、今川義元を破った勝因について、いろいろと説かれていますが、私は、信長の”決死の覚悟”だとおもっています。「死中に活を求む」ということばがありますが、信長の場合は、今川の本陣に切り込んで、華々しく討ち死にする覚悟であったと思います。
 信長が、死中に活を求むる心で、桶狭間に出陣したとすれば、あのような結果にはならなかったでしょう。
 死中に活を求めるのではなく、天が、信長を助けて、死中に活を開けてきたのだと思います。
 決断の基準は、どちらが、自分に特か、有利か、との立場からの判断ではなく、相手の立場、全体の立場から考えて決断することが根本です。
 我々は、”自他一体の世界”に生きているのですから、その心を深めれば、自他共に楽しむ世界が広がります。

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時はすべてを解決する

 私は、「来るもの皆よし よしあしを超えて」と申しています。
現実には、「皆よし」ということはありません。よいことも来れば、いやなことも来ます。得なことも来れば、そんなことも来ます。「皆よし」ではありません。
 しかし、「時」がたつと状況が変わります。心境も変わります。
 困ったことがよいことになり、そんだと思ったことがプラスになり、悲しかったことも自分の人生を深めることになります。
 一年たてば、三年もたてば、自分の心境も、自分を取り巻く環境も変わり、困ったことも、苦しかったことも、「よかったなあ」ということにもなります。
 ことが起こったとき、あわてず、速断せず、「時」を待つ、「時」の動きに任す、「時」の流れに従う、という心境、「時」は、すべてを最善に解決する、という「信」をもちたいものです。

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運命いろいろ

私の知人に、「自分は悪い星のしたに生まれたから、何をしてもうまくいきません」と言う女性がいました。
 その人は、結婚後間もなく、主人は召集を受けて外地で戦死されました。
 戦後、再婚しましたが、相手の男性に一人の子があり、こっちも一人の娘があり、連れて結婚したので、娘が何かと先方の男の子にいじめられることが多く、かわいそうで離婚しました。
 その後、十数年たって再々婚しました。相手の男性は、立派な実業家であり、子供もなかったので、三人家族の楽しい生活が始まりました。しかし、それも数年のことで、主人が急死しました。財産整理すると、今、住んでいる家屋も債権者に渡さねばならないという状態でした。
 確かに、悪い星の下で生まれたから、悪いことが次々起こる、と本人の言われる通りです
 悪い星の下で生まれたから、不幸な運命になるのだ、と多分、易者に言われたのでしょう。
 易とは、易(かえ)るということです。悪い運命をよい運命に変えることを教えるのが易なのです。易者は、この女性に、運命の改善を教えてたと思いますが、本人は、悪い星の下で生まれたのだということばが、胸にこびりついたのでしょう。人間は弱いですから、無理はないといえます。
 運命というものについて、色々の説があります。

偶 然 説

 すべては偶然だという説です。表に飛び出して、車にひかれるのも偶然。神戸へ商用にきて、震災に遭うのも偶然。何もかも、偶然だということです。


宿 命 説

 人間は、生まれて死ぬまでのことは、全て決まっているのだという説です。生まれた時に、その人の一生が決められているのですが、本人の知らない定められた道を歩んでいくという説です。
 私は、若い時、この説に疑問を持ちました。生まれた時から、私の一生が決まっているんだとすると、そのように決めたものは誰かという疑問です。

天 意 説

 全ては、神とか佛とかによって動かされているのだという説です。”みこころのままに””佛のおはからいのままに”これは、信仰者の心境です。お任せの心境です。

因 縁 説

お釈迦様は、無神論であり、無我説ですから、因縁説を説かれました。

      全ては、因縁によって生じ、

      因縁によって滅す

      因縁によって来たり

      因縁によって去る

ということです。極めて合理的な説です。

立 命 説

 孟子のとかれた説ですが、自分の運命は、自分で開きなさいということです。

運命説はいろいろありますが、実際生活においては、「ありがとうの生活」「思いやりの生活」から幸運が生まれ、自他幸せの世界が展開することを、私は確信しています。

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交 通 事 故

 以前のことですが、私と家内とで箱根の温泉へ行くことになりました。娘婿が紀陽銀行東京支店に勤務していましたので、東京にいる娘の家に寄りました。
 娘と孫(女の子五歳)と一緒に食事をし、娘たちと別れ、私達はホテルで一泊しました。
 翌朝、娘に電話すると、昨夜の帰りに、孫が交通事故にあい入院しているとの話しでした。早速病院へかけつけました。目白の大きい病院でした。
 事情を聞くと、昨夜の帰り下落合の繁華街で車にひかれたとのことです。孫は元気でしたが、右足をひかれて全治一ヶ月とのことでした。
 私は、孫がひかれたという患部を、孫に知られないようにそっと押さえてみました。何ともないようです。その周辺を押さえてみても痛くないようでした。医師が押さえると大声をあげて痛がるとのことでした。
 私は考えました。これは靴のひも先をひかれて倒れたのだろう。足はどこも傷ついていないと判断しました。どこもひかれていないから、明日医者に話して退院したらよいのではと娘に話して、私達は箱根へ行きました。
二泊して後、東京の娘の所に寄ると、孫は前の広場でブランコに乗って遊んでいました。
 娘の話では、一ヶ月安静が必要だと云って、なかなか退院させてくれなかったのを無理に退院してきたとのことでした。
 一方、加害者の方ですが、繁華街の雑踏の中での事故であったので、少し離れたところへ車を置きに行きました。病院へつれていくことになり、自分の車で運ぶからと言って車を取りに行ったが帰ってきませんでした。ひき逃げです。
おそらく、ひき逃げするつもりはなかったと思いますが、気が変わり無意識に逃げ去ったのでしょう。
その後、相当長い間現場にひき逃げ犯人探しの大きな看板が警察から立てられていたそうです。三十歳位の男性とのことですが、この看板を見て悩むことでしょう。ばれはしないかと脅えていることでしょう。
 もう二十年も以上過ぎていますが、ひき逃げしたという心の傷に触れると、良心に責められ悩むことでしょう。
 われわれ人生の生き方は、何が来ても、何が起こっても、避けず恐れず敢然と受けて行くという心構えが大切です。

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幸せはどこに

山の貴方の空遠く

「幸」住むと人はいう

噫(ああ)われひとと尋(と)めゆきて

涙さしぐみかへりきぬ

山野あなたになほ遠く

「幸」住むと人のいう

(カール・ブッセ)

 

私の好きな詩です。
 人はみな幸せを求めます。幸せでありたいと願います。では、幸せとは何でしょうか。先ず、お金と思うでしょう。お金さえあれば、自由な楽しい生活ができると思います。しかし、現実は、お金故の悩みや争いが無数にあります。
 人を泣かせても、人を苦しめても、自分の利益になるようにと、あがきまわるその人の心には、やすらぎはありません。火宅です。地獄です。
 財産・地位・名誉・健康・その他大切なものはたくさんありますが、本当の幸せは心の平安にあります。これが私の信条です。

心の平安とは

生きてよし

死んでよし

有ってよし

無くてよし

有無生死の世界に生きて

とらわれぬ心になり


我は生きるにあらず

生かされて生きている

生かすものは誰か

霊妙なるいのちなり

全宇宙に満ち満ちるいのち

いのち我 我いのち

自他一体のいのちなり

 この「いのち我  我いのち」「自他一体」の世界が解ると、絶対の平安が味わえます。我利我利の生活は、いつもいらいら、いつも争いの心が起こり、幸せの生活ではありません。

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一つのことば

一つのことばで     けんかして

一つのことばで     なかなおり

一つのことばで     なかされて

一つのことばで     ほめられた

一つのことばは     それぞれに

一つのいのちを     もっている

(作者不明)

 「ちょっと口がすべって」「ちょっと言いすぎて」「ちょっと余計なことを言って」など、一つのことばでけんかすることがよくあります。
 しかし、ひとつのことばでなかなおりすることはむつかしです。「すみません」とあやまればすむことはかぎりません。「すみませんですむか」と言われますと困ります。
 けんかにならぬようにことばをつつしむことです。
 以前、NHKの朝の連続テレビ小説、「あはなはん」というのがありました。たいへんな人気番組でした。
 そのドラマの中で、お父さんが事業に失敗し、倒産することになったことを、奥さんと娘さんの
おはなはんにはなす場面がありました。奥さんはびっくりすると共に、「どうしてそうなったのか」
「何とか出来なかったのか」と、夫を責めました。
 おはなはんは、おとうさんに向かって、「永い間ごくろうさんでした」と言って、ていねいに頭を下げました。
 その一瞬、涙が私の目に溢れました。おはなはんのお父さんにたいするいたわりのことばが
私の涙となったのです。
 ”思いやりのことば””いたわりのことば””やさしいことば”は、人の心に大きなうるおいをあたえます。
 心からほめることばも、相手のいのちを輝かせ、家庭や職場を明るくします。


まごころの花

この世のことは   みんなの夢 

すぎてしまえば   跡もなし

咲いて残るは   なんの花

それは尽くして尽くされた

まごころ   まごころ

まごころの花 

               

 これは、西条八十先生の詩です。奥様が、生前、尽くしてくれた、まごころのかずかずを偲ばれて作られたとのことです。
 この世のことは、過ぎてしまえば夢のごとく跡かたもないけれど、まごころだけは、いつまでも心にのこります。まごころの花は、いつも心に咲いているということです。
 淀川長治さんの『愉快な心になる本』に、こんな話がのっています。
 「このあいだ、高畠達四郎先生のお宅にうかがった。日本の代表的な油絵のがかだということはご紹介するまでもない。
 そのとき、フランスの話がでた。パリの街角で絵を描いていると、通りがかりの人が見物にくる。そして見ているだけでなく、高畠先生が、画を描き終わるや、四方八方から、ありがとう、ありがとうと拍手がおこった・・・・・・・・という話を聞いて私は感心した。
 そして、またある日、公園の噴水を描かれていた。やはり見物人が集まってきたそうだが、やがえ一人二人と去っていったのに、長い時間いつまでも高畠先生のそばを離れないで、じーっと描かれている画を見つめていた老人がいて、やがて日も暮れかかり、やっと最後の噴水を描き終えられたとき、たった一人だけ残っていたその老人が静かに、『もう描きましたか』ときいた。先生がよほど画の好きな老人だと思いながら、『終わりましたよ』とうなずくと、つかつかと歩きだして、吹きあがっている噴水を止めたのであった。この老人は、この公園の噴水係だったのである。そして、自分のつとめの時間は、とっくにすぎていたらしいのに、じーっと画家が画を描き終わるまで待っていたのであった。
 この話を高畠先生から聞いたとき、私は思わず涙が出そうになった。いい話だなと胸がいっぱいになった」
 私も、この老人の何ともいえない深い愛情、思いやりに胸がいっぱいになりました。
 パリの老人のまごころが、高畠先生の心に、淀川さんの心に、そして私の心にも、まごころの花を今も確かに咲かせてくれているのです。 



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