短 歌

静かなる河・出会いから六十三年

松本千代

松本恒男ご夫妻近況

千代(雅号:千昌)画

 妻・千代との出会いは昭和八年十一月このとでした。私は伊都郡妙寺町(現・かつらぎ町)の出身で、当時は和歌山市の小島鹿商店に勤めておりました。ある方のお世話で見合いをいたしましたが、その相手が千代だったわけです。私は二十七歳でした。
 彼女は奈良県五条の生まれで二十一歳、大阪市立実費病院に勤める看護婦でした。「小さな可愛い娘やなあ」と思い、看護婦と助産婦の免許も持っていると聞いて、「こんな娘が」と感心したことを覚えています。翌日、世話人さんが返事を聞きにこられ、その場で考える暇もなくOKしたようなことです。そして昭和九年二月一日に結婚式を挙げましたが、その間は互いに手紙も書かず、もちろん電話もしませんでした。
見合いの席で初めて顔を見て、二度目は結婚式で顔を合わせたのです。今日の若い人達には、とても考えられないことでしょう。
 結婚してしばらくは千代の身体はが弱く、困ったこともありましたけれど、生長の家に入信したおかげで心身ともに健康になりました。子供は二人ですが孫が六人と曾孫が四人おります。結婚してから六十三年になり、私は九十歳、妻は八十四歳です。二人とも健康に恵まれ、何一つ不自由のない楽しい静かな日々を過ごしております。千代は若い頃から短歌が好きで、毎日の日記を歌で書いていたようです。ちょうど十八年前に歌集「静かなる河」を出版しました。私は貧しくても心だけは美しくありたいと心がけてきましたし、今後も心豊かな余生を送りたいと念願しております。

平成九年正月  松本恒男



千代 画

濃き淡きみどり様々
             春陽あび紀伊の山波
                 一日旅せり

菊かをる今日のよき日に
             感激に頬染めてのむ
                 祝酒の味

ひところ夕陽のながなが
            彩りて浮べる塔に
                掌を合
せいつ
  低周波人をなやます
             怪物は目にも耳にも
               きこえてはこず

歌ずきの男マイクを
           持ちつづけ魅力だんだん
                   うすれて行けり

幸せを拾ひあつめて
           ねむる夜のかたへに夫の
                   安らかないびき

春陽にしづもる庭の
           ひとところ乙女椿
                   おちて地に咲く


抑留の夫引揚げて
           四十年舞鶴の地を
                   初めて訪へり

氷雨の晴れて空地に
           夕陽染む嬉しく
                   かけめぐる幼女らの声

花浄土二十五菩薩師がゑがく
            永遠にかがやけ
                  高野の山々


人気なき堂におさまる
             羅漢らにみつめられゐて
                   灯明すがし

サボテンの幾年ぶりに
             花咲きぬ一日の命
                   白さ目にしむ

限りなき希望を胸に
             いだきつヽ舞ひ昇り行く
                   初春の竜

雲裂きて黄金のいろの
             陽はのぼる変化自在な
                   雲の彩みる

花つヽじ楽しきつどい
             最高の笑顔をうつす
              傘寿の友は

                   


厳粛な祝賀の式に
             参列し追憶とともに
                   静かな自省

山門の仁王の像は
             色あせて右目は失せて
                   巨体さびしき
    (秋葉権現)

ゆりかもめ宇治の川原に
             群なして暮れ残る
                   空しく細雪ふる

「オシッコ」も言えぬ幼なが
             はっきりと「イヤ」と自分の
                   意志を口にす

株投資毎日すすめ
             来る電話夫はおらぬと
                   これから言へと

守られて生きゆく日々を
             感謝しつ平和の鐘を
                   夫とつきたり
                    (終戦記念日

ゆるぎなき信仰ふかむ
             旅にして荘厳華麗な
                   夕陽車窓に

人力車にゆられて嫁して
             半世紀華麗な孫の
                   婚礼に座す

金あまり異常にふくらむ
             株式もいつかは割るる
                   風船玉か

夫抑留幼なかかへて
             行商の車ひきしは
                   はるかとなりぬ

泥海にもがける如き
             我がこころ現象実相
                   行きつもどりつ

まんだらの世界に住みて
             濁りなき悦びの靴
                   はきて歩まん

行佛の書よむ夜半
             さかへり発光体と
                   わが師に思ふ

はねかえす言葉たらざり
             胸うちのしこりは夜の
                   床にもちこす

信仰の中にとけ入り
             信仰の中に生きつつ
                   もがく時あり

(続く)