創作果物料理

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取り組みの経緯
創作果物料理 調理画面 亡父、本多舜二は農林省技師を振り出しに長崎県(西彼杵郡時津村)立及び、三重県立の農事指導所(南牟婁郡神志山村)〈みかん栽培指導所〉の初代所長歴任、終戦を迎えるも軍人追放。   昭和二十二年今の農協の前身の一つ全国的組織の果実連合会の設立に参画、南牟婁郡果実連合会を結成推挙され会長に就任活躍する。  今でも忘れられない一つに農業協同組合の生みの親とも言われる『賀川豊彦牧師』(灘生協創立者)の書物『死線を越えて』の内容をよく聞かされる。  当時の和歌山県出身、首相片山 哲氏(東京大学法学部卒)が敬虔なクリスチャンで賀川豊彦牧師と深い親交があった。  当時、和歌山県選出の衆議院議員坊 秀夫先生、那賀郡選出の東 隆一県会議員達から郷里和歌山柑橘業界での活動の要請を受け赴任、坊事務所を間借り、和歌山県果実連合に勤務。柑橘試験場、和歌山県柑橘技術者として、定年を迎える。  その間、1960年代柑橘特に温州みかんの経済性の理由から増殖増園の時代に入り、父の適地適作の提唱常に主張されたようです。  家庭内でも子供達によく言った話に「遠い昔からみかんの産地は傾斜地が多い、しかも日射時間の長い斜面、海辺に面して寒暖差が大きいところ、みかんは必要以上の水を欲しない。人間のように欲深さが無い。日射時間が長いと豊かな太陽の光線を受け、光合成により甘みという恵みを頂ける」と。  世の中は鞍替え田畑をみかん畑に替えて増殖増園に進んで行く。  そのような状況の中で、料理が趣味とする私に、 「柑橘を素材とする料理を考えないか?需要が伸び悩み、生産に追いつかない。みかん農家にとって大変な時代が来る」と、何気ない顔して私に語ったのが、柑橘の料理に取り組んだきっかけであった。  元々、大学時代は山岳部、造船所に就職してヨットに興味、 父から話があった時代は日本ボーイスカウト連盟西宮第11団で指導者として野外活動に熱心であった時代であった。  創作料理に取り組んだが非常に難しい。試行錯誤の時代が続く。ボーイスカウトの子供の家庭に明治時代に日本人で最も早くニューヨークに店を持った有名な堀越商会の子息があった。堀越さんの家庭がニューヨークに引越しされ、是非遊びに来て下さいとのお招きに、アメリカへ渡航する機会にロングアイランドの堀越さんのお宅を訪問、素晴らしく綺麗で広大な庭園で、ご家族にパーティーの持成しを受けた。  ミカンライスその時に出た料理に鳥の丸蒸し焼きがテーブルに出され、ホークとナイフで切りますと、おなかの中にオレンジライスが詰め込まれ、オレンジのさっぱりした風味と香りに「美味い」と声を上げた。ここにみかんライスの味の原点がある。  帰国後、クリスマスやお誕生日、パーティーに当時の日本の家庭にはガスオーブンの大きいのが設備され、鳥の丸蒸しが焼きもいとも簡単に出来ました。

 それから、みかんパエリアと、レシピを増やしてゆく。・・・ 続く

みかんライスのレシピ
お米・・・・三合
塩鮭・・・・・・・・・・・三切れ、(アサリ貝、えび等を入れると良いですね)
米油・・・・・・・・・・スプーン大一杯(カレーライス用)
かつおほんだし・・・・半袋
塩・・・・・・・・・・・・・・少々
こしょう・・・・・・・・・・・小さじ一杯(少し多くてもよい)
グリンピース・・・・・・・少々
みかんジュース(濃縮)・・・・下記参照

手順1.用意した電気釜にジュース(70%)とお水(30%)の割合でご飯を炊く水の分量を入れます。
手順2. 続いて、米油・塩・コショウ・ほんだし、醤油を隠し味として入れ塩・味加減を舌でテストして下さい。コショウは加熱しますとコショウ独特の味は薄くなります。この上にお米を入れ、塩鮭を入れてスイッチを入れて下さい。
規定の時間でスイッチが切れ炊き上がります。塩鮭を取り出し、小骨、皮を取り、ほぐして釜に入れ、良く混ぜ、蒸し揚げてください。これで出来上がり、お茶碗やお皿に盛り、グリンピースを振りかけていただければ、食卓にお出し下さい。
みかんライスのコツ!

その1 みかんライスを初めての方なら驚く美味しさに炊くコツは米油と粉胡椒を入れることであります。
但し、粉胡椒は特有のスパイスの香りと味は熱でとびますので、多い目に入れることが大事です。
その2 基本は海産物と肉類を一緒にみかんライスの素材にしないようにして下さい。
 みかんライスの海産物とみかんジュースの素晴らしいマッチングを堪能して、他のみかん調理に挑戦して下さい。
みかんジュースにはJAのジョインジュース、米油には築野食品のもの。

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